咄々斎 (とつとつさい)

プロフィール

小庵の子。号は元伯、元叔、咄々斎、咄斎、寒雲、隠翁。
10歳の頃、大徳寺の春屋宗園の喝食となり、得度して蔵主にまで上がる。
のちに少庵により再興された千家に戻り、弟子の杉木普斎、藤村庸軒、山田宗徧らとともに、利休流の侘び茶を普及させた。

正保三年(1646年)不審庵の北裏に今日庵を建て、不審庵を三男の江岑宗左に譲り、さらに承応二年(1653年)七十六歳のとき又隠を建てて今日庵を四男の仙叟宗室に譲る。
生涯士官せず、「乞食宗旦」の異名をとるほど侘び茶に徹したが、江岑を紀州徳川家に、仙叟を加賀前田家に、武者小路千家を興した一翁宗守を高松松平家に仕えさせ、千家の存続をはかった功績は大きい。

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